私の生徒さんは、ほとんどの方が、精神的にしっかりと自立された大人の方なのですが、中には、50歳を過ぎても、どこか落ち着かない、いつも心がザワザワして、嬉しい時にはどこまでもテンションが昇って行き、落ちる時には、どこまでも地に穴を掘って行く方がおられました。私はその方のある意味、純粋で素直な人柄にひきつけられましたし、何より歌が好きでコンクールを受けようというほど歌に熱心でした。歌に熱心になればなるほど、その心のコントロールがいまいち利かないところが、歌に影響してるかも?とうっすら思うようになった頃、偶然にもある事件が起こりました。その事件によって、やっぱりこの人は、これではダメだと思いました。はっきりと、私の思いを告げました。そのままの状態では、歌は愚か、永く深いお付き合いなど出来ません!と告げました。そして、1ヶ月、レッスンを休んでよく考えるように厳しく促しました。そして私自身も、その人に対してどのようにこれから接して行くのか、少し距離を置いて考える時間が欲しいと思いました。彼女
はその事により、ショックを受けつつも、1ヶ月のレッスン休止の間、毎日、私と歌の事を考えて暮らしたそうです。つまり結果的にいろいろと自分を見詰めたわけです。
そして1ヶ月明けて、彼女にとって待ちに待った、最初のレッスン日がやって来ました。
彼女はドキドキです。しかし、そのドキドキを自分でコントロールする事ができないので、前以て、いろいろとお願いや、どうお休みを過ごしていたかのメールが来るのですが、私は短い文章で楽しみにお待ちしている事を告げるに留めました。そしてレッスンが始まって最初は、気持ちがほっとしたのか、どうしても流れてしまう涙を流しながら、それを一生懸命にハンカチで拭いながら発声練習をし、(実は私も、緊張をしておりましたから、ようやく無事にレッスンの再開ができた安堵感から、私もウルッときそうになったのをぐっとこらえて)平静を保ち、レッスンを進めて行きました。
自然と心が落ち着いてきたのか、いつもは、譜面台の周りをくるくるバタバタと動き周り、鉛筆を落としたり、譜面台を倒しそうになったり、こちらに近付いてきたり、それも熱心な故にそうなるのですが、そういえばそんなバタバタする生徒さんはいなかったように思いました。歌っている最中も手が無駄に動き、注意をしてもなかなか直らなかったのが、その日は、注意をすれば、一発で直り、姿勢も良く、オペラアリアを歌っていますから、役に成りきる努力をし、そうしているうちに、心が平静になったのでしょう。今まで、続かなかったフレーズが続くようになり、出なかった高音が出るようになり、今までとは全然出来が変わってきました。つまり心が落ち着いているので、こちらの言葉をしっかり聞く事ができたのでしょう。
やればできるじゃないの?と励まし、たくさん誉めて、慰めました。
いかに心の静寂が、心を癒し、エネルギーに満ちるかという事です。
歌と精神は恐ろしいほど繋がっているのです。ほんとに歌おうと思ったら、よっぽど心が強く、静寂でないと歌い切れない事を、彼女も、私自身も、改めて思い知らされました。
そして、その日の一番最後の時間のレッスン生でしたので、そういう時は、いつも、私と帰りを一緒にしていましたが、「今日はお疲れ様、しっかり一人で帰って下さい」と告げました。
遅れて私も外へ出ました。彼女はずっと先で信号待ちをしていました。私は彼女とかち合わないようにゆっくり歩いておりましたら、彼女は振り返ったので、私は慌てビルの陰に入りました。彼女は心のコントロールの仕方を自分で知ろうとしているので、べったりと彼女の側にいるべき時期ではないのです。
あーぁ。結局私も独りです。独りでこんなふうに悩んだり、考えたりしています。愚痴を溢す人もいないし。たまに親友がいますが、お互い忙しいので、あまり会えません。会えても年に2、3回です。孤独な商売だなあと思いますが、私自身もやはり、しっかり、ほんとの意味で自立した人間でないと、講師の仕事は務まらないのです。
精神を自立させる方法として、食べる事と、寝る事はきちんとしています。
自分で三食、食事を作り、寝る時間には寝る、起きる時間には起きる、心の静寂を保てる場所や環境を作る。そして、自分の話より、先ずは人の話を聞く。適度な運動をする。今のところはできているような気がします。なるべく持ち物を少なく、(持ち物が多いのはメンタル面を弱くするし、部屋が片付かない結果、心が乱れる)買い物をする時には質が良く、ほんとに気に入ったものを、無理のないように購入をする。ずっとそれを心がけたいと思います。私も大人になる努力をして参ります。
独身で、子育てもした事がなく、これまで、自分の勉強に一生懸命でした。なので、どことなく娘の心のまま歳だけとっているのではないか?と心配になる時があります。
うんと意識をし、できれば、自分の事より先ずは目の前の相手の事を思いながら生きるように心がけたいと思います。
精神と歌、生徒と私の物語り。
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