私がしたいなあと思っている事は

 

もう一度この教室を立て直すこと

 

今までの延長線上のものではなく!

 

音楽教室を開きたかったのではないので

 

もう少しクオリティ高く、音楽家を集めたいのだけど

 

でも、それを私が独りでするのは嫌だなあ、て、思っています

 

今までのこういう教室でも大きくなってきて、会員が100名以上になってきたら、SV(管理者)を付けるべきなんだと思う

 

音楽ではないのだけど、ある講座を開いている人が

 

最初は、小さなスクールだったけど、途中から人も増えだして、大きくしていきたいと思った頃から、SV(スーパーヴァイザー管理者)を付けてやってます、て、言ってた人がいて

 

それは、勝手に技術を盗んでどっかで成りすまして技術を売ってしまったり、そういう事がないように付けてるんです、て、話してた人がいて、他にもいろいろと管理してもらってるとも話してました

 

そうでないと、1人で大きくなんてしていけない

 

大きくなってからそうするのではなく、大きくしたいと思った時からそうするべき!

 

私の教室も、お陰様で凄く人気が出て大きくなりそうな気配があったのだけど

 

私のレッスンが受けれないのでは意味がないのと、私が本当になりたかったものは、そういうものではなかったので

 

教室の事にあまり捕われると、本当の活動ができなくなってしまう

 

でも、途中から思ってた

 

誰か手伝ってくれる人がいたらいいなあ、て、

 

そうしたら、株式会社として存続して、何かできたような気がしてました

 

でも、自分が全ての責任を背負うことも怖かったし、そういう器じゃないと自分の事を思っていたし

 

だから、頭の中をビジョンがよぎるものの、実際には動きませんでした

 

自分の育てた自分の率いるコーラス隊を一つ持って、自分のやりたい演目ができるように、マネージャーや、プロデューサー、共産してくれるスポンサーをも付けて、何か一つ、自分の何かを作りたかったです

 

実はそれらの事、小さい子供の頃か言ってたこと

 

10歳くらいから言ってたこと

 

ただの音楽教室のお歌の先生では収まりたくなかった

 

なので、自分で音楽教室とは呼ばなかったし、私は講師というより、声楽家である、と、謳ったし

 

でもやってることは、街の小さなスクールになってしまってて

 

おまけに私が自分で考えた教室のタイトル名を勝手に盗まれ近くで使われたり

 

値段も私が付けた後に、ヤマハや、カワイ教室から真似されたように思う

 

当初、とても高いと言われる値段を付けたのだけど

 

それは、私は他とは意識の持ち方も、持ってるものも全然違うのだ!と自負する所があったから付けた値段だったのだけど

 

それでも多くの人が来てくれて、ありがたかったです

 

本当の本当は、私が元々持っていた才能を使って、世の中に貢献していきたかった

 

交響曲、ピアノ曲、オペラ、バロックから近代までいろんな素晴らしい音楽を沢山知っているのに

 

実際オーケストラと共に歌う歓びや

 

多くのスタッフに囲まれて作られていくコンサート、その歓びの大きさを知っているのに

 

もっともっと沢山、クラシック音楽のコンサートが各地域で日々開かれて、世の中の身近な物になったらいいのに

 

過去にオペラの公演で、キャストとして何度かオーケストラと共に歌ったのだけど

 

それ意外に、バレーの『くるみ割り人形』の公演で、アルバイトで、数名のコーラス隊として参加して、オケピットにオーケストラと共に入って歌った時の感動も忘れられない

 

これはオペラのキャストとして、歌う感覚とはまた全然違ってて

 

オーケストラの一員として、本番のピットの中に入るあの緊張感と楽しさは忘れられない

 

指揮者との交流は勿論の事なのだけど、意外と、私は副指揮者との綿密な打ち合わせを凄く楽しんだし、副指揮者が、オーケストラの凄さを教えてくれたし

 

コンマス(コンサートマスター、第1ヴァイオリンの一番前に座っている人)が実際どんな役割を果たしてその地位に存在しているのかも、いろいろ、そのアルバイトのくるみ割り人形で知ったのであって

 

後は、オペラのスタッフとして、これもアルバイトだったのだけど、マイクロフォンを付けて、「せんちゃーん、格好いいや〜ん」「このマイクロフォンが!やろう?😁」て言いながら、楽屋を忙しく走り回った事も、あれは若かったからできたことだけど、凄く楽しかったし、勉強になった

 

コーラスの指揮もできました。自分がどんな音楽を作りたいのか、はっきり自分の中にいつもあって振ってた

 

指揮の振り方なんてなんにも知らなかった

 

勉強したこともない

 

だけど、自分が心で感じる通りに振ってみてたら、やってるうちに、それなりに形になってきてた

 

もしちゃんと習ったらどんなだろうな?

 

そう…、自分が男に生まれていたら、指揮者になりたかった夢もいつのまにか果たしてたのでした。オーケストラではないまでも。

 

男としてもし生まれていたら、指揮者になりたかったので。

 

指揮者は女の指揮者もいますが、私の感覚的には、男でないと、さまにならないとおもっているから、もし男に生まれていたら、と、断定して言っています

 

これは、あくまでも自分の感覚です

 

女の指揮者だって、能力があるのなら別に構わない

 

でも私は男の格好でないと、画的になんか違うなあ、て、ファッション的感覚で思っているだけです

 

とにかく自分の持ってるもので、生きたかった

 

そう言えば、会社は、最初の立てる時が大変で

 

1年の間に人が入れ代わり立ち代わりするのは極普通に起こるものだと思います

 

1年の間に方向性が定まってきて、それに合った人達が集まってきて、どんな人達が必要なのかもやりながらなんとなく決まってきて、落ち着いてくるのだと思います

 

小さな失敗の繰り返しをしながら、その歩みを止めさえしなければちゃんとなるのではないかな?て、思っています

 

それで、現在その中に居る自分はどうなんだろう????と、自分で疑問…

 

それでも今、自分から引き下がる時ではないのだと何故か思う

 

会社からお前はもう必要ない!て、言われたらそりゃ仕方がないけれども

 

自分から自分はダメだあ、と、諦めるのは何か違うと思っています

 

そう考えた時もあったけど…

 

でも身体は1つ、あれもこれもできない

 

どうしたらいいんだろう???