どうやら、全ての感情は感じきったらいいようです

 

嬉しい、楽しいは勿論の事ですが

 

寂しい、悲しい、悔しい、これらの感情も全て、しっかり感じきったら良いようです

 

感じきったらそのうちに、ならどうしたいのか?に行き着くそうです

 

感じてる感情をないことにしてしまうと

 

積もり積もってフラストレーションが起こる

 

それから人と人は、少しずつ距離を縮めるもので、そんなに一気に近づかないもののようです

 

着いたり離れたりしながら、徐々にその距離が段々短くなるもののようです

 

ある程度時間はかかるもののようです

 

イタリア語の先生と私は、やはりお付き合いが長いので、まあ、そんな感じのそれなりの人付き合いをしているように思います

 

歌の生徒さんともそうで

 

歌仲間とは、私がバツンと縁を絶ってしまったから、それはやはり寂しいです

 

あんなにみんなで常にワイワイやっていたのに、と思います

 

いろーんな層の人達との関係が切れてしまいました

 

でもそうしないと、新しい処へは行けなかったし

 

仕方がないし

 

また音楽の事を始めたら、また別の新しい関係ができるのかもしれません

 

それにしても全く話は変わりますが

 

自分が音大出身であることを、とても誇りに思えてきました

 

それに、音大というところはとても特殊

 

時々夕方から夜にかけて、練習の為に学校に残っていたら

 

生のオーケストラの練習が聴こえてくるところが凄く感動した事がありました

 

あー、私は音大に来たんだと実感できて

 

また、オペラの授業も凄く特殊

 

だけど、私は演奏家コースのオペラ演習だったので、ピリピリしてて怖い授業でしたが

 

一般のオペラ演習は、すっごく面白そうで羨ましかったです

 

何もカッコつけて頑張って、演奏家コースに行かない方が良かったんじゃないか

 

楽しくやれた方が、身につくし、永く続けられる

 

頑張って上へ、上へ、て、とっても疲れる、結局身体を壊したり、精神的に病んだり、それでは意味がない

人生大失敗

 

高校生の頃から本当にずーっとしんどかったなと最近思います

 

だけど、泣きながらでもピアノの練習をする子でしたし、疲れて居眠りしながらでも、指はなんとなく動いてピアノの前に座ってる子でした

 

先生が100回練習しなさいといえば、その通り100回練習をする子でした

 

歌の事でも同じく

 

子供の頃から、そうだったから、何十年と歌に携わる仕事ができました

 

一番になりたかったけどなれなかった

 

だけど、永く続ける事ができました

 

良かったなと思います