最近イタリア語を通じていろいろ面白い

 

イタリア語の先生とは不思議と偶然がよく重なる

 

まるでテレパシーで話してるみたいに

 

先生の事を思い浮かべたら、よく連絡がパッと入ってきたり

 

電車の中で偶然会ったり

 

それで、イタリア語にはいろーんな沢山のジェスチャーが付いてるのだけど

 

そのジェスチャーがないと、完璧なイタリア語じゃないのだけど

 

私も何故か日本語を話しながら、イタリア語のジェスチャーを日本人同士の会話の中でよく使ってるのよね

 

なんでかな?て、言ったら

 

先生が言うには、25年も前の話だけど、イタリアに住んでた時のが、まだ覚えてるんだよ、て、言ってた

 

イタリア語で、相づち打つ時、カタカナで表現すると、Cosi (こう)「ウンフ⤴」て、なるんだけど

 

日本語で話してても、時々その相づちが出てきちゃって、自分でおかしいなと思う

 

Vorrei parlare più frequente l’italiano. (もっとペラペラ喋りたいなあ)

 

それから、dialetto (方言)の事

 

よく日本人にありがちな日本語と混ぜて喋っちゃう

 

例えば、difficile ねぇ(ディッフィーチレねぇ)難しいねぇ、て言う意味なんだけど、この最後に付けてる日本語は

 

実は、イタリア人にとっては、ピエモンテ州の方言に聞こえるらしく、トリノの人の喋り方に聞こえるのだって、

 

だから、イタリア語の先生、最初びっくりしたんだって

 

え?なんでトリノの方言知ってるの?て

 

私もよく言っちゃってる

 

イタリア語の先生とは、友達みたいに思う

 

全く恋心とか、そういうのはないの

 

何か、幼馴染と同じくらいの感覚で、物凄く気楽で、リラックスしてて、懐かしい感覚

 

それがどうしてなのか、凄く不思議に感じるんだあ

 

なんかサラッとしてて

 

なんの疑いもない

 

こんにちは、て、会って、時間が来たら、さよなら、て、別れて

 

同じ方向の電車なのに、各々別々に別れて

 

本当にベタベタしてない、サラサラ

 

別れ際は、あっけないくらい、Ciao じゃね、て、感じ

 

それがいいんだあ

 

なんか不思議